胡同の帰り道

――北京での生活について、日常の雑感を書き記していきます。

『Soul Odyssey ユーラシアを探して』鑑賞会

 今年の1月に渋谷のアップリンクで『Soul Odyssey ユーラシアを探して』というドキュメンタリー映画を観た。監督の渡辺真也さんはドイツの大学でヨーゼフ・ボイスとナム・ジュン・パイクのユーラシア研究をされていて、ある年の夏に日本まで陸路を渡ってかえるという試みをされたそうだ。ドイツを出発し、東ヨーロッパ、ロシアを抜け、中央アジアに入り、イルクーツクまで北上し、モンゴル、中国、韓国と下りながら、最後は船で日本に帰国するなかで、ヨーロッパとアジアの文化の連続性を探ることはできないかというのが、本作品の趣旨になる。

 

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 渋谷の映画館で本作品を見終わったとき、強烈な何かが僕の中を射抜くのを感じた。ひどく情報量の多い映画で、現代アートや世界史、言語学に神話や宗教など、様々な知識をもとに場面が展開されていくので、見終わって映画のすべてを理解したわけではなかった。けれども、分断や壁の建設などといったニュースが取りざたされるなかで、これほどまでに強く「繋がり」を意識した映画のその姿勢に何より強い感銘を覚えた。

 

 観終わった瞬間、この映画をぜひ北京にいる様々な国籍の友人たちと一緒に観たい、とほとんど衝動的に僕は思った。DVDを購入するさいに渡辺さんにそのことを伝えると「是非よろしくお願いします」と仰ってくださったので、冬休みが終わり北京に戻ってきてから、何人かの友人を寮に招いて鑑賞会を開いた。

 

 鑑賞会にはチェコ、ロシア、中国、そして日本の友人たちが集まってくれ、英語音声の日本語字幕で鑑賞した。見終わってから、ロシア人の友人が印象的な話をしてくれた。ロシアは国土が広いこともあり、当然西と東では人々の気質も全く異なる。最近ではクリミア危機などもあったが、実際に地域によっても不文律のような形でローカルな法律がグレーゾーンのように機能していることもあり、この映画のなかにも様々な民族的バックグラウンドを持つロシア人が出てくるが、白と黒にはっきりと分けることができないのは、ロシアや大陸の特徴といえると思う、と。

 

 

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 また、もうひとつ興味深かったのが、集まった海外の友人たちがみんな異口同音に、日本のシーンに突入してから雰囲気が明らかに変わったと思う、と話していたことだった。それは日本はどこか閉ざされているという意味だった。僕たち日本人も感覚的にはそれを理解することはたしかにできた。しかし、違うといえばたしかに違うが、どこが具体的に違うのか、何故閉ざされてしまっているのか、それらを口に出して説明することは困難だった。

 

 渡辺さんは映画の終盤で「自分がユーラシア人だと自覚することができた」と語っていたが、映画を観て、鑑賞会を開いて、そして北京での生活を続けていく中で、僕自身のなかでは、自分がアジア人であるということの意識が強く芽生えてきたことを感じる。20世紀末に生まれた僕たちにとって、自分がアジア人であることを意識することはあまりなかったのではないかと思う。僕たちの生活はアメリカ的やヨーロッパ的なもの――たとえばそれは、ベースボールにハリウッド映画、そしてアップルがあったり、西洋絵画やロックンロール、現代思想にカフェ文化があったり――に囲まれていると思う。都市の中心部はどこだって同じような近代都市の様相を呈していて、そういうものに囲まれて、少なくとも僕は成長してきたと思う。

 

 一月の映画後のトークショウでこられていたケルト研究家の鶴岡真弓さんが「アジアは陽の落ちる、暗いところという印象だった」というようなことを話されていた。しかし、歴史を遡ると、明治の近代社会が始まるまでは、黒船がやってくるまでは、アジアに面した日本海側が日本の玄関口だった。近代という歴史の転換点が僕たちの意識のなかに大きな倒錯をもたらし、それが建設されていくなかで記憶の断絶が起きてしまったのではないか、そんな疑問が頭のなかにふと浮かんだ。

 

 まとまりのない文章をつらつらと書いてしまったけれど、この映画を初めて観てから半年以上が経った今でもあのときに受けた知的興奮が僕のなかに確かにまだ息づいている。この映画から得た疑問と気づきとに、これらからも向き合い探求し、そしてそれらを大切に胸に抱えて生きていきたい。

 

 

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