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胡同の帰り道

――北京での生活について、日常の雑感を書き記していきます。

世界は想像していたよりもずっと広いような気がした話

この一週間はたくさんの出会いがあった。

正確にはそれは新しい出会いというよりかは、前から知っていた人たちときちんと知り合えたと言ったほうが正しいのかもしれない。

様々な国からやってきた留学生と話すにつれ、世界各地域で流れている時間軸がどんどんと僕の脳内の世界地図上で立体的になっていく感覚を覚える。

(もちろんそのほとんどがまだ未知なる部分で満ち溢れている偏った未完成の世界地図なのだけど)

僕が考えたこともないような世界を生きぬいてきた人の話を聞いていると、まるで整理された本棚が地震によって簡単に倒されてしまうように、思考のフレームワークは脆くも崩壊してしまう。

 

あなたのことを知るにつれて、不思議と僕のこともクリアーになっていく。

 

それが世界のスタンダードなのか、或いは大学内だけの現象なのかは分からないけど、複雑な環境のなかで生きてきた人が多いように感じる。

両親は中国人だけどフランス国籍のイギリスで中等・高等教育を修めた彼女、マレーシアで育った母語は英語のタイ人の彼女、韓国語は一切喋れない日本育ちの韓国人の彼、中央アジアの様々な国の血が混じり合ったロシア人の彼女。

もちろん、どこの国の人だとか、そんなことは人間関係を築く上ではあまり気にする必要のないことなのだけど、彼/彼女たちの姿を見ていると、そこには「自己分析」や「自分探し」などという言葉では掬いきることのできない思いがあるような気がする。

 

ある日の休憩時間に、カザフスタン人のクラスメートに、カザフ語で僕の名前をノートに書いてもらった。

彼女に聞いた、この文字の由来を辿ればどこに行きつくのかと。

 

「すごく昔のことなんだけど、元々私たちの文字はトルコの言葉の影響を深く受けているのよ。ついでに言うと、カザフスタン人はその頃はまだヨーロッパ人のような容姿をしていたのだけど、モンゴル族の侵略のときに、アジア人の血がたくさん入ってきてしまったの。それからずっと今に至っているという感じね」

何だかとても新鮮だった。地続きの大陸というのはこういうことなのかと今更ながらはっとさせられた。複雑な歴史背景なのだろうと推察する。高校の世界史の先生は、どうしてそんなことも教えてくれなかったのだろう。そんなことを思いながら、部屋に帰って日本から持ってきていた世界史の教科書を開いてカザフスタンやトルコ、中央アジアに関する記述をひとしきり読んでみたけど、僕にはうまくその文字のなかの世界を想像することはまだできなかった。ただアジア大陸を縦横無尽に駆け抜けるトルコ民族の姿や、血の気盛んな元の戦士たちや、それに翻弄される庶民の姿がぼんやりと脳裏に浮かんだだけだった。

 

そういえば、上に書いたフランス国籍の彼女は、イギリスで市民権を取得していて、基本的にはいつでもイギリスに帰って生活することができるのだと言っていた。

僕が遊ぶことと好きな女の子のことについてしか考えていなかったとき、心地よい疲れの中で6時を告げるサイレンを聞いてノスタルジアを抱きながら赤く染まった町のなかで家路に着いているとき、彼女たちも彼女たちの時を刻んでいた。

世界はなんだかとてつもなく広いな、とため息交じりに思った僕はひとまず本棚の整理を終えることとした。

 

 

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