胡同の帰り道

――北京での生活について、日常の雑感を書き記していきます。

毎週水曜日のランチ(每周三的午餐)

毎週水曜日、僕は決まって学内のとあるカフェに集まった。

 

誰が言い出したでもなく、それがいつ始まったのかもよく覚えてないけれど、それはもうずっと昔からそう決められていたかのように、自然と僕たち4人は毎週水曜日のランチの時間になるとそのカフェに集うようになっていった。メンバーは日本人の僕たち2人組と、チェコ人の彼女たち2人組である。背の高い彼女と、背の低い彼女。彼女たちは実によく喋る。特に背の高いほうの彼女はよく喋る。ランチはだいたいいつも1時間ほどだけど、時々その彼女がほとんど一時間しゃべり倒すときもあった。

 

僕たちは色んな話をした。彼女たちの話を聞けば聞くほど、チェコという国がよく分からなくなってくる興味深い時間だった(しかも話が断片的な分、尚更僕たちの想像力は刺激される)。印象的だったのは、背の高い彼女の弟についての話だ。

「私の弟は今の高校が三つ目になるのよね」と彼女は言った。「マリファナばっかりやってて、ロクに学校に行かないのよ(※彼女の家族たちが住むプラハは大麻が合法化されている)いつも出席日数が足りなくて進学ができなくなって学校から追い出されちゃうわけね。参ったものよ」

「けれどもそんなに何年も学校に通っていたら学費が大変なことにになるんじゃないの?」と僕は聞いた。

「チェコは学費が無料だからそこは問題ないのよ。問題は学費が無料でも学校を卒業できないアイツにあるのね」と忌々しそうに彼女は言った。なるほど、と僕は思った。

それから僕が日本の学費の高さについて、そして奨学金という名の学生ローンについて説明をすると彼女たちは文字通り目を大きく丸くして驚いていた。彼女たちは実に表情が豊かなのだ。

「そうなると大学を卒業するまでにはひどい借金を背負うことになるのね」と彼女が聞いた。給付金の奨学金を得られなければそうなる、と僕は答えた。「残念ながらあなたは私の子どもになることはできないわね、養育費が高すぎるわ」と背の高い彼女は言って笑った。彼女は独特なユーモアセンスを持っているのである。

 

その他にも1週間の内に起きた出来事や、それぞれの国の結婚と離婚についての価値観、食事の話、文学の話。それ以上にくだらない話もたぶんいっぱいした。
そして聞いてもいないのにべらべらと自分の意見を述べる彼女たちが、求めてもいないのに僕の進路についてアドバイスしてくれた(しかも若干否定的な)彼女たちが、反米な彼女たちが、僕はとても好きだ。

 

ある日、夢をみた。夢のなかで背の高いほうの彼女が僕のギターに合わせてRadioheadのKarma Policeを歌っていた。
そのことを後日彼女に告げると、「その曲は好きよ。でも一番好きな曲は2+2=5ね」と言った。素敵なセンスをしているとおもった。

 

北京という街の面白さは中国人だけではなく彼女のような人たちに出会えるところにもある。いつか、大学卒業までにお金をためて、チェコにいって彼女たちに会いに行きたい。そして彼女たちの話の真実を確かめに行きたい。

 

カフェの名前は「Nowhere Cafe」、どこでもないカフェ、どことも知れぬカフェ。

 


Radiohead - 2+2=5 - YouTube