信州横断の旅(1日目)~小布施、須坂~

 先月のことになるけれど、一時帰国の東京滞在を終えて関西に帰る途中に立ち寄った、三泊四日の長野旅行の記録を記しておこう思う。

 

 

 

 初日は栗で有名な小布施にやってきた。

 

 

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駅のロッカーにバックパックをあずけ身軽になり、観光案内所で小さなマップを一枚もらってから、雪の残る道を歩き始めた。最初の目的地である小布施堂に向かって。

 

 

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 小布施堂では秋にしかモンブランが食べられないということで、同じ敷地内にあるカフェえんとつ(モンブラン専門店!)でモンブランをいただくことに。

 

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 マロンクリームがこれでもかというくらいにふんだんに使われていて、今まで食べたどのモンブランよりも濃厚だった。それでも味は重たすぎるというわけでもなく、最後まで飽きることなくおいしく食べられた。それなら秋に食べたのならいったいどれだけおいしくなるのだろうとも思わずにはいられなかった。

 

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(「えんとつ」の壁の上部にある小さな窓からは本物の煙突が見える)

 

 

 長野は縄文時代がさかえた土地のひとつであるけれど、この街の栗が有名なのは、縄文人の主食が栗であったことと、関係しているのだろうか? 店員さんに聞こうかと思ったけれど、怪しい人だと思われる気がして、その疑問は胸のなかに仕舞いこんだ。

 

 小布施に来たのは栗を食べるためだけではなく、葛飾北斎の天井画を観にくるためでもあった。小布施は北斎が晩年に数年間滞在したところで、その間に集中していくつかの天井画を描きあげたという。小布施にある岩松院には一枚(『八方睨み鳳凰図』)、北斎館には二枚(『男浪〈おなみ〉』、『女浪〈めなみ〉』)、それぞれおさめられている。

 三枚の画に共通しているのは、どれも「渦をまいている」ということ。渦はエネルギーの象徴で、晩年の北斎がこれらの画に込めた並々ならぬ思いがそこから伝わってくるように感じられた。

 岩松院は、シーズンオフということもあって、お寺の中にはスタッフのほかに僕しか拝観者がいなかった。ずいぶんと冷え込んだけれど、せっかくの機会だからと時間をかけてゆっくりと天井を眺めていたら、スタッフの方が「ここに座るといいですよ」と教えてくれた場所があった。「そこから眺める『鳳凰図』が正確な向きになります」と。

 そこに座った途端、まさに画がひとりでに回転をはじめ、その中から鳳凰が飛び出してくるんじゃないかと思えるくらいに、立体感を帯び始めたのを鮮烈に記憶している。

 「今でもこの画の塗料が床に垂れおちることがあります」とスタッフの人が言った。

 作者は死んでしまっても、作品は生きつづけているのだ、と僕は思った。晩年の北斎がこの画に込めた思いの真相は分からないけれど、魂の永遠性を僕はそこに感じた。この画が描かれたのは江戸の末期、今からおよそ160年ほど前のことになるという。

 

 

 

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 その後も、北斎観で北斎の作品を鑑賞し、醸造所で小布施の日本酒を楽しんでから、夕暮れ時刻に小布施を離れ電車にのってゲストハウスのある須坂へと向かった。

 須坂の食事処で「みそすき丼」というご当地グルメを食べた。豚肉と牛肉、そして須坂のごぼうなどの野菜を、特産である味噌で味付けをしてどんぶりにし、温泉卵とねぎがその上にのったボリュームたっぷりのメニューで、一日中滑りやすい雪道の上を歩き回ってすっかりお腹が減ってしまった僕にはちょうど良かった。それを冷たいおそばと一緒に平らげる。

 

 

 その日はゲストハウス蔵というところに泊った。フレンドリーな若いスタッフさんたちが経営するゲストハウスで、とても居心地のいいところだった。面白いのは、近くに住んでいる方たちも、それぞれ仕事終わりや、時間のあいたときなど、蔵のラウンジに遊びに来てはみんなで談笑していることだった。日常生活のあれこれや、遠い国に旅に出たときの思い出など、めいめいがめいめいの話をしていた。ここは、静かなこの町の、ささやかな居場所のひとつなのだと僕は思った。

 

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 遊びにきていた近くに住む常連さんと、その日宿泊予定のアメリカからの旅行者と、僕と、ゲストハウスのオーナーさんの四人で近くの温泉に行った。僕とアメリカ人の彼は男湯に、オーナーさんと常連さんは女湯に、一時間後に待ち合わせようと言って僕らはのれんをくぐっていった。

 出会ったばかりのアメリカ人とふたりで裸になって語り合うというのは考えてみれば何だかひどくシュールな情景で、正直なところ何を話せばいいのだろうと思ったけれど、つたない英語を駆使しながら、僕らはざっくばらんに話をした。彼は今、上海で英語の教師をしているとあり、こんなところでも(というと何だか語弊があるけれど)中国にゆかりのある人に出会うのは、不思議なことだと感慨深くなった。そんな共通点を見つけながら世間話や身の上の話などをしていると、あっという間に時間は過ぎていった。露天風呂には粉雪が少しだけ舞い降っていた。

 

 蔵に戻ってからは、ラウンジにあるギターで歌をうたったり(人前で弾き語りをしたのは何年ぶりのことだろう)、人が歌う曲の伴奏を弾いたり、なんだか絵に描いたような旅らしい時間が過ぎていった。もっとこの町に滞在できればいいのだけれどと思ったものの、明日からの行き先はすでに決まっていて、旅程を変更することはできなかった。またいつか、この町を訪れたいなと思い、部屋にもどって布団をしいて寝衣にきがえて電気を消して、長い一日の夜の眠りについた。