イーユンリーとの対話。

もしもここ数年で一番注目している作家は誰ですかと訊ねられれば、僕はイーユンリーの名前を即答する。

 

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71年の北京生まれの作家で、北京大学を卒業後、免疫学の専門でアメリカのアイオワ大学に進学。博士課程まで進み学位を取得後、研究者にはならずに、自分のなかの創作への好奇心に気がつき、同大学の創作科に入りなおし(ちなみに中国の大学でも似たようなコースが修士課程に存在している、日本ではほとんど聞いたことがないけれど)、作家になるべく力をつけていく。

 

作品の特徴として、静かな筆致で現代中国の暗闇と矛盾を描き出すことが一貫している。日常の細かな描写を積み重ねていくなかで、その背後にひそむ歴史が影のように浮かび上がってくる様がとても上手に書かれている。

 

物語に加えて、彼女の経歴もとても興味深い。大学院まで理系を専門としていたにも関わらず作家という道を選んだこと、また母語の中国語ではなく英語で創作をしていること。

 

日本語では彼女に関する記事や書籍はまだまだ少ないのだけれど、Youtubeや海外のメディアなどでは彼女に関するソースが豊富にあった。上に共有したYoutubeのインタビュー動画が、僕が興味を持った上の2点を含めて、その他彼女の生い立ちや作品に関して詳しく語られていると思う。

 

もともと理系を専攻し科学者の道を選んだのは両親の影響が大きいと言う。彼女が生まれた70年代は文革の嵐がきつく吹き荒れる中で、多くの知識人が迫害にあった。しかし、物理学者の父親は、核開発に関わる仕事していたことから、例外的にそれらの迫害から免れることができた。科学者は安全であるということを父親から何度も聞かされていたとインタビューでも語られている(8:00頃から)。

 

またそのことに関連して、英語で書いていることも、文革及び中国での生活に由来している。文革では、周りの友人たちはもちろん、身内を含めて、誰が反革命的であるかという内密が横行したと言われている。何気なく誰かに発した言葉、中国語で書き留めた言葉、それらがどのような文脈で用いられたにせよ、それが反革命的であると見做された瞬間、壮絶な迫害が起こり得る。

 

インタビューの9:15頃から、何故中国語ではなく英語で創作をするのかとインタビュアーが問う。それに対して、中国語で書いてしまうと「言葉や思想の自己検閲を行ってしまう」とまず答えてから、続けて日記の比喩を用いながらこう答える。

 

「例えば、多くの小さな女の子がするように、私も日記をつけるとしましょう。その日記は母親に読まれてしまう可能性があります。そのなかで、もしも私が鳥について書こうとするならば、私はその周りにある雲や木々や空について描写をし、鳥の部分だけは空白にしておきます。もしも母親がその日記を読んだとしても、恐らくそこに鳥を見出すことはできないでしょう。私にとって中国語で言葉を紡ぐということは、そういうことなのです。」(インタビュー10:40頃から)

 

これは今でも僕が北京で生活していて、まわりの中国人学生と交流をしていて感じることでもあるけれど、彼らはある面では日本人以上に空気を読む力に長けていると思う。このシチェーションではどこまでの発言が許されるのか、相手の育った背景や政治的信条に応じてコミュニケーションをとったり、また自分の発言が曲解されないように細心の注意を払ったりなど、かなり神経を使っているように思う。

 

例えば授業中で政治などの際どい話題に及んだとき、その場では誰も発言しなくとも、授業が終わってから気心の知れた仲間たちの間で、そのトピックについて延々と議論をすることだってある。日本人とは読んでいる空気が違うだけであって、中国人も(恐らく教養のある家庭に育った人たちにその傾向は強いと思われるのだが)空気を読むことに長けていると僕は感じる。イーユンリーのこの比喩を聞いて、それはある意味、文革の歴史や、またそれまでの中国で起きた動乱を踏まえて、両親たちから陰に陽に教わった教訓でもあるのだろうと漠然と思った。

 

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イーユンリーについて様々調べていると、彼女が近代中国文学作家の沈従文の英訳の仕事もしていたと知って、どことなく腑に落ちた気がした。中央の党派と常に距離を置き、政治のための文学が求められた抗日戦争期でも、独自の審美眼で捉えた辺境の物語を神秘的とも称される筆致で書き続けた沈従文。イーユンリーの生き方作品にも見られる同様のデタッチメント、そして繊細な描写から立ち上がる静かな世界観、それらの要素は深いところで沈従文と結びついているように思われる。

 

イーユンリーの作品は現在日本語では短編集と長編がそれぞれ2冊ずつ出版されている。僕のおすすめは短編集の『千年の祈り』、そして長編の『独りでいるより優しくて』。文革の時代の中国、改革解放後の急激に発展していく中国、そして天安門事件の前後の中国、現代史の様々な中国(そしてアメリカ)を背景として紡がれる、孤独と悲しみに貫かれる物語のなかで、時折かすかに感じられる登場人物たちの強さと光がそこにあるような気が僕はいつもするのです。

 

 泊陽はこれまで、人は深い悲しみを知ると凡庸でなくなると思っていた。

Boyang had thought grief would make people less commonplace.

 

          (『独りでいるより優しくて(Kinder than solitude)』冒頭の一文)

 

 

 

独りでいるより優しくて

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  • 作者: イーユンリー,篠森ゆりこ
  • 出版社/メーカー: 河出書房新社
  • 発売日: 2015/07/02
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千年の祈り (新潮クレスト・ブックス)

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